Vitriteは、Crystallite(結晶状のもの、結晶子)との対比で、vitreous(ガラス状の)から派生した造語。日本語で書くなら非晶子。正四面体型局所配置を好む非晶質に特有の幾何構造ユニットなのだが、純粋にトポロジカルに定義される。
あるグラフがVitriteである条件は以下の4点。
すべての条件がトポロジー的なので、パターンマッチングにより検出するのが容易である。また、第4条件のおかげで、相互排除的になる(例外もある)ので、Vitriteで空間をうまく埋めることができる。低温の水や非晶質氷の構造では、vitriteの凝集した安定構造が頻繁に見られる。この場合、5〜7員環からなるvitriteがよく見付かる。すべてのvitriteが実際の低温の水で出現するわけではない。容易に想像できるように、3員環や4員環を含むvitriteは歪みが大きいので、めったに出現しない。
低温の水がこのような特徴的な構造をえらぶ理由は次のように説明できる。
まず、水の水素結合ネットワークは、ダングリングボンド(水素結合を形成する相手のいない水素)をほとんど含まないので、ネットワークトポロジーとしては、すべてのノードが2つ以上の結合を持つ。このことは、ネットワーク上に環(周回路)をさがすと、すべてのノードが環に属する、すなわち、環がネットワークを覆うことを意味する。
次に個々の水分子は、局所的に正四面体配置を好む。低温になればなるほど、熱揺らぎが抑制され、局所的な正四面体型配置を指向する傾向は強まる。しかし、3員環や4員環を形成している限り、局所的正四面体配置にはなれない(歪みが大きい)ため、自ずと5、6、7員環などの大きな環が増える。それらの環も、boat型/chair型の安定な配座が好まれる。
結合長さと結合角が固定されると、歪みなく構成できる小環の配座はごく限られる。6員環の椅子/舟型配座は有名だが、7員環の安定配座も2通りしか存在しない。
安定な配座の環を組み合わせることで、四面体角の歪みを生むことなく、vitrite構造(上記)を形成できる場合がある。歪みの小さいvitrite構造は、従来から知られているような、氷の結晶の部分構造のみではなく、さまざまなバリエーションがあることがわかっている。(→Vitrite Database参照)これらの安定なvitriteを形成すると、実際に結合エネルギーが低くなり、水素結合の寿命が長くなることがわかっている。(→Referenceの論文1)また、歪みの小さいvitriteは歪みの小さい環で構成されているが、その環を隣接するvitriteが共有することで、さらに安定な構造を作ることができる。
このため、低温の水では、歪みの小さいvitriteを凝集させることで、氷に匹敵する安定な(かつエントロピーも低い)構造を作ることができる。低密度アモルファス氷はこのようなvitriteで構成されていると考えられる。
→Vitrite Databaseのページ
過冷却水/低密度アモルファス氷を構成するフラグメントが網羅されています。
vitriteの定義は、自然の観測から帰納的に決定されたものではなく、私の直感により「えいやっ」と決めたものです。ですから、もしかしたら、私以外の誰かが、別の定義を「えいやっ」と持ちこんで、同じ現象を別の構造要素の組みあわせで説明する可能性はあります。
水素結合の定義に関しては、水が水素結合ネットワークというデジタルネットワークで近似的に表せるという主張に、きちんと裏付けを与えられることを示しましたが、フラグメントに関しては今のところそのような裏付けはありません。
ですが、私は、低温の水がvitriteの凝集構造であることを、次の3つの理由により確信しています。
ひとつめは、このvitrite構造が低密度の結晶にも存在することです。液体の水の中にvitriteを見付けだすアルゴリズムを、氷IhやIc、あるいはガスハイドレートといった、低密度の結晶に適用すると、得られるvitriteは、過去の多くの論文で部分構造(ケージ構造、あるいはネットワークの単位構造)として例示されている構造と完全に一致します。過去の研究において、研究者の視覚が氷の中にパターン認識した部分構造を、このアルゴリズムも的確にとりだせているということになります。(過去の研究者が私も含めてみんな勘違いしている可能性はまだありますが)
ふたつめは、氷やハイドレート、LDAの構造の中にvitriteを探すと、ほぼ完全にネットワーク全体をvitriteで(重複なく)埋めつくすことができることです。vitriteを定義する条件が過剰であれば、完全に埋めつくすことはできずすきまだらけになるでしょうし、過少であれば、vitriteが空間的に重なる状況がたくさん生まれるはずです。結晶のネットワークや、LDAのランダムネットワークを、一意的かつ排他的に分割する方法が、ほかにそうたくさんあるとは思えないのです。
もう一つは、X線回折による酸素酸素間構造因子のFSDP(First Sharp Diffraction Peak, ネットワーク性物質の構造因子に見られる一番長波長側のピーク)が、vitriteの空間分布にきれいに一致することです。(詳細についてはNetwork Motif of WaterのProceeding原稿を参照)過冷却水のFSDPは、O-O間距離に対応する波数よりも長波長側に存在する唯一のピークであり、これよりも長い中距離秩序はありません(あってもキャンセルしていて捉えられないのかもしれませんが)。まさに、vitriteの分布が過冷却水の(中距離)秩序に一致しているという間接的な証拠と言えます。
最近の解析では、水だけでなく、アモルファスシリコンにもvitrite構造が存在していることがわかりました。vitriteは正四面体型局所配置を好むネットワーク性物質に共通に見られる基本構造ではないかと考えています。
[2007年9月14日]
Network Motif of Water/Vitrite Database/Ice 0/講演/ice 0?/ネットワーク物質のアモルファス構造解析/ネットワーク主体論/vitrite/非晶子/フラグメント/LDA/水は4℃以下で膨張する/液体の水の秩序
[2004年10月26日]
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