NEWS
分子動力学法による,メタンハイドレートの分解における熱力学的阻害剤の効果(Effects of Thermodynamic Inhibitors on the Dissociation of Methane Hydrate: a Molecular Dynamics Study.)
更新日: 2016年03月14日
英国王立化学会の雑誌Physical Chemistry Chemical Physics. に我々のグループの論文が掲載されました。
Yagasaki, T.; Matsumoto, M.; Tanaka, H. Effects of Thermodynamic Inhibitors on the Dissociation of Methane Hydrate: a Molecular Dynamics Study. Phys. Chem. Chem. Phys. 2015, 17 (48), 32347–32357. DOI: 10.1039/C5CP03008K
天然ガスの採掘現場や、ガスを輸送するパイプラインに水が混入するとクラスレートハイドレートが生成してしまいます。これを防ぐ最も単純な方法は、添加物によりクラスレートハイドレートの生成温度を下げることです。添加物の溶解により液体の水の化学ポテンシャルは減少します。一方、添加物がクラスレートハイドレートの格子構造に含まれない物質ならば、ハイドレート中の水の化学ポテンシャルには影響を与えません。そのため、添加物はクラスレートハイドレートの生成温度を低下させます。この機構から明らかなように、液体の水によく溶け、かつクラスレートハイドレートに含まれない物質ならば何でも熱力学的阻害剤として機能します。メタノールなどの両親媒性物質やNaClのような塩が代表的な熱力学的阻害剤である。コストの面から、実際の産業の現場ではメタノールが特に良く使われています。
熱力学的阻害剤は生成温度を下げます。単純に考えるならば、ある温度で比較した場合、熱力学的阻害剤が多く添加されるほど融解速度が速くなるように思われます。しかしながら、これは動的な機構を考えていない乱暴な仮説です。我々は、分子動力学シミュレーションにより、純水中、NaCl水溶液中、メタノール水溶液中のメタンハイドレートの分解機構の違いを解析しました。メタンハイドレートの分解に伴い、溶液中にメタン分子が放出されます。メタンの溶解度は低く、溶媒和した状態のメタンは非常に不安定です。そのため、融点よりも高い温度でも、メタンハイドレートの再構成が頻繁に起こり、分解速度が遅くなります。しかしながら、ひとたび溶液中に泡が生じると、その泡が周囲のメタンを吸収するため、ハイドレートの再構成が起こらなくなります。そのため、純水中では、メタンハイドレートの分解速度が時間とともに遅くなり、泡の生成をきっかけとして分解が速くなる様子が見られます。メタノールは両親媒性であるため、溶媒和したメタンを安定化させます。また、メタンのクラスターも同様に安定化させます。そのため、ハイドレートの再構成を抑制し、さらに泡の生成を促進する効果があります。これら双方の結果として、メタノール水溶液中では純水中に比べてメタンハイドレートの分解が非常に速くなります。一方、水中のNa+とCl-イオンは、メタノールとは逆に水和メタンを不安定化させます。これは、イオンの存在が溶液中の空孔の数を減らすためです。そのため、NaCl水溶液中ではハイドレートから放出されたメタンは、イオン濃度の高い領域を避け、ハイドレート界面にとどまることになります。これは、ハイドレートの再構成を促し、結果としてハイドレートの分解速度を遅くします。メタノールとNaClはどちらもハイドレートの生成温度を下げますが、分解速度については全く異なる働きをするのです。